「システムの科学」という,ノーベル経済学賞をとった人の本.各章がそれぞれ1本の論文のようになっていて,内容は非常に難解だった.自分なりに理解できた部分,消化した部分について軽く読書感想を書く. 浅い知識で読んでいるので,誤読している箇所もあるかもしれない.(読むのに丸1ヶ月ぐらいかかった)

「人工物の科学はいかに可能であるか」 本書は必然性ではなく、環境依存性 —「いかにあるか」ではなく「いかにあるべきか」 — に関与するデザインの諸科学、すなわち人工物の科学(The Sciences of the Artificial)の本質を明らかにし、その可能性を問うものである。(表紙カバーより)

本書で言及している「人工物」とは,特定のものではなく,人間が作るもの(仕組み)全般のことを示していると思う. それは,社会であったり,経済であったり,記憶であったり,コンピュータであったり.

1章 自然的世界と人工的世界の理解

1章では,まず人工物とはなにか,についての説明が行われる.

すなわち,人工物とは自然的ではなく,人間によって作られたものであると.

そして,人工物について,内部環境と外部環境,その間の接面(Interface)にわけて説明を試みている. 内部環境とは,その人工物がどうやって動いているか 外部環境とは,その人工物がどういう環境で動いているか 接面は,その間をむすぶもの こう分けることにより,人工物について考えやすくなる.

このように,適応的あるいは人工的なシステムを研究するにあたって,内部環境から外部環境を区別することの第1の利点は,そのシステムの目標と外部環境の知識があれば,その内部環境についてはほんの最小限の仮定をおくだけで,そのシステムの行動を予測することがしばしば可能になると言うことである.(p.11) …飛行機と鳥,いるかとマグロ,おもりによって動く時計と電池によって動く時計,電動リレーとトランジスタなどがその例である.(p.11)

行動は目標に適応させられ,それゆえにこそ行動は人工的であり,まただからこそ行動は,その適応力を制約する行動システムの特徴だけを表すのである.(p.95)

そして著者は,人工物の性質について,人工物であるコンピュータおよび記号システムをもちいて説明を行えると述べ,続く2章で1章で述べた理論をもとに経済システムについて説明を行うと主張する.

2章 経済的合理性:適応機構

2章では,経済システムに対して,市場原理やゲーム理論などをもとに経済システムがどのように動いていると説明できるのか述べる.

そしてここから,経済システム(市場)の内部環境として組織,さらにその内部環境として人間があるとのべ,人間について掘り下げる方向に話が進んでいく. より詳しく言うと,人間の問題解決能力と認知能力について3章で,記憶,学習について続く4章で掘り下げている.

3章 思考の心理学:自然と人工との結合

3章での著者の主張は以下の1文に集約されていると思う.

1つの行動システムとして眺めると,人間はきわめて単純なものである.その行動の経時的な複雑さは,主として彼がおかれている環境の複雑性を反映したものにほかならない.(p.63)

この,内部は単純だが外部が複雑なおかげで複雑に見える,というのはこの本を通して何度も出現する主張である. さらに主張の検証として,人間が行う自然言語や計算などの情報処理の仕組みについて分析し,分析を通して,この情報処理(思考過程)が単純なアルゴリズムで説明できると述べる.

この章では人間の記憶というのがコンピュータで言う「リスト構造」のような仕組みになっているというのが非常に面白かった.

4章 記憶と学習:思考に対する環境としての記憶

3章での,「人間の思考過程は単純である」という主張に引き続き,今度は記憶と学習について分析する. アルゴリズムの話ででてくる,貪欲法や枝刈り,パターン認識を脳もやっていると述べ, なぜ単純な思考過程から複雑さが生まれるのか,生むことができるのかというと,豊かな外部環境とそれを上手に収納,取り出しができる記憶・学習能力のおかげである,と著者は述べる.

データや処理手続きとして蓄積され,かつ適当な手がかりでそれを取り出しうるよう豊富に索引化されている情報のおかげで,人間の単純な情報処理過程は, 広範な情報や戦略を利用することができ,また表面に現れた人間行動の複雑さを説明しうるのである.(p.130)

5章 デザインの科学:人工物の創造

ここから少し話が変わり,人工物を作るとはどういうことか,(理論的には)どのように作るのか,という話になる.

すでにいくつかシステムデザインの理論はありそれらをまとめると,とくに評価と探索というアルゴリズムがすなわちデザインの過程を表していると著者は述べている(と思う). あるシステムを作るに当たり,そこには制約条件と評価関数,探索関数があり,システムのデザインとはすなわちこれらを作り上げることである. そして,最適解を見つけるのは難しく,満足解(なるべくよい解)を探す,ということが現実では必要になると述べている.

6章 社会計画:進化する人工物のデザイン

5章で述べた手法について,では実際に社会計画にあてはめてやってみようというのが6章の主題. ある社会システムを作りに当たり,どのような制約があるのか,なにを目的関数にするのか,どう決めるのか,などを述べる. 5章で述べた方法を実世界に適応しようとすると,拡張したり多様性に対応したりと色々大変である,と述べている.

5章,6章について,ここで述べているデザインプロセスというのはまさにコンピュータサイエンスで言われる探索アルゴリズムや機械学習の手法であることに気づき,とても面白いと感じた.

7章 複雑性に関する諸見解

ここからまた少し話が変わる. 7章,8章では,システムの複雑性(カオス)について著者の考えを述べている. 7章ではまず複雑性とは何か,どういうところに現れるか,ということついてのべている.

8章 複雑性の構造 — 階層的システム —

8章では,複雑性をもつシステムについて,階層にわけて説明している. ここでは,「準分解可能性」というキーワードを元に説明が進む. 小数の原子が組み合わさり分子となり,その分子が組み合わさりタンパク質となり,タンパク質が組み合わさり細胞となり,細胞が組み合わさり生命となる,といったように, 複雑なシステムに対し,その子要素となるものに分解することで分析を試みようとする.ここでも,要素要素は単純でも,それが横で組み合わさり,縦にそうになることで複雑性が生まれるという主張がなされている.

付 企業組織における合理的意思決定

著者のノーベル賞受賞記念講演よりの掲載. これまでの(古典的な)経済学では,理論偏重で実環境では全然適応できないが,これからの経済学では限定的合理性(理想的な環境での最適解ではなく,複雑な環境での満足解をもとめること)が必要になると述べている(と思う).

感想

本当に本当に本当に難しい本だった.内容ほとんど理解できてない気がする.10年後にもう一度読み直したい. 自分的には,人間の思考や社会計画のデザイン,システムデザインについての話でコンピュータの探索アルゴリズムそのままみたいなのがでてきたり,コンピュータの仕組みがそのままシステムの仕組みに適応できるというのが非常に面白かった. また,単純な内部環境・複雑な外部環境という考えもとても面白かった.